千と千尋の神隠しで両親を当てる事が出来たのはなぜ?ラストを考察!

千と千尋の神隠しで、クライマックスに千尋が両親を当てることが出来たシーンがあります。^^

恐らく映画を見た人は「なぜ?」と思ったことでしょう。

今回は、千尋が豚に変えられた両親を当てることができた理由について考察してみました!

個人的な意見を中心に、ネットなどで多かった意見をまとめましたので、ぜひご覧ください。

千と千尋の神隠しのストーリー構成

千と千尋の神隠しに限らず最近の映画などで多いのですが、「見た人の想像に委ねる」といった描写がとても多くありますよね?

もちろん制作側には少なからず答えはあるのでしょうが、あえてその部分はハッキリとは描かずに、見た人がそれぞれの想像をすることが出来る。

これって無限の可能性を残してくれますので、映画を見た人たち同士で語り合いすることもできておもしろいですよね♪

答えがあったら賛否問わずにそれを受け入れるしかありませんが、それがないことで永遠に楽しむことが出来る。

千と千尋の神隠しもそういう描き方が多く、両親を当てたシーンもその手法が使われています。

なので、これからまとめるのはあくまで予想や考察、願望の類で、明確な答えというものはありません。

他にもご意見がありましたら、下記コメント欄にメッセージいただけると嬉しいですね♪

物語のラストの千尋の答え

それでは本題なのですが、千と千尋の神隠し物語序盤で、千尋は両親を豚に変えられてしまいます。

豚になってしまった両親をもとに戻すために奮闘するというのがこの作品のストーリーで、最後の最後で両親をもとに戻すチャンスがきます!

両親をもとに戻すために湯婆婆が言ったのは「この中(たくさんの豚の中)から両親を見つけ出す」というものでした。

いざ挑戦する千尋でしたが、千尋の答えは「ここにはいない」という、意外なもの。

そして、この答えが大正解だったんです!

では、なぜ両親がこの中にはいないと当てることができたのか?

その部分を考察していきましょう!

なぜ両親がいないと当てられたのか考察

個人的な考察からまとめていきたいと思います。^^

①千尋の成長

千尋はこれまでの湯婆婆の言動や行動などによって「両親はいない」と判断したのではないでしょうか?

なぜそういう答えになったかというと、宮崎駿監督のコメントで

「なぜわかるのか?わかるのが人生ですよ、そこはそんなに大切なことじゃない」 

といった趣旨の発言をされていました。

最初は良く分からなかったのですが、これを個人的に解釈すると、千尋が成長したってことなんじゃないかと考えましたが、いかがでしょうか?

ちょっと観点が違うかも知れませんが、子供の頃って道路一つ越えたら凄い遠くに来た気持ちになっていた距離が、

大人になったらすぐそこという距離に変わってしまいます。

なんでそうなるのか、大人になったからと言ったらそれまでですが、人生を生きてきたことによって起きる変化でもあるのかなと。

千尋も今までは困ったらわがままを言って、困ったら両親頼みといった、良くも悪くも今どきの子供でした。

その千尋が親と離れ、自分で考えるようになり、自分の意志で行動するようになり、誰かのために頑張れるようになります。

そういった千尋の成長と変化が、今までは分からなかったものを分かるようにしたのではないでしょうか。

②千尋の直感

千尋は第六感のような感じで、直感的にこの中に両親がいないと分かったのかなと。

別の世界に迷い込んでしまったために、直感力が身についた、などなど。

名前を奪われるような世界なので、その分人間の本能的なもので直感力が鍛えられた可能性もあるのかなと感じました。

また、千尋は小学生なので純粋ですよね。

なので純粋に直感力が働いた、という感じもあったのではないでしょうか。

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その他にもたくさんの考察が・・・

他にどんな意見があるのか調べてみました!

ネットのまとめサイトを見てると、特に多くて個人的に興味深かったのが「髪留めの魔力」です。

湯婆婆からもらった髪留めに何らかの魔力が宿っていて、それで見抜けたと。

他にも「ニガダンゴの力」で両親を当てられたといった考察も多くありました。

ニガダンゴは魔法を解除したりハクを助けたりと、良薬口に苦しのお団子です。^^

なので確かにニガダンゴのおかげという可能性もあるのかなと感じましたね〜。

ただ、個人的にジブリ作品は物に頼らないような感じがします。

ジブリっぽさが少しかけてしまうような気もしますので、個人的には千尋の成長で両親を当てられたという説が濃厚なのかなと考えていますね♪

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まとめ

今回は千と千尋の神隠しで千尋が両親を当てられた理由について考察していきました!

個人的には、千尋の成長や直感で当てられたと考えていますが、いかがでしょうか?

宮崎駿監督は「足りない部分は見てる人が埋めてくれ」と語っていますので、残念ながら明確な答えはないようですね。^^;

変に何かに頼るのではなく、純粋に自分の力でなんとかして欲しいからという願望もあっての考察です。

他にもご意見がある方がいらっしゃいましたら、下記コメント欄からメッセージいただけると嬉しいですね♪

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